チョココーヒーパン

私「コレット」の自己理解のための思考整理の場です。内容はほとんどドラゴンボールのことばかりです。

【DB】【考察】ベジータの悟空への執着

ベジータってずっと悟空に執着してるような気がしちゃうけど、人造人間編で超サイヤ人になって悟空を(たぶん)超えて、セルゲーム前に悟空が精神と時の部屋から出るまではベジータの方が強かった。執着が始まったのは、悟空が死んでからのように思える。 

悟空の強さに対してじゃない。「あんな死にかたしやがって」と言うように、勝ち逃げされたことに対して執着してるんだ。また、負けて死んだわけではなく「自分以外のもののために」死んだことに対して、自分にそんなことができるだろうかとずっと考えていたのではないだろうか。

ピッコロは、ブウと戦うベジータを「自分以外のもののために戦おうとしている」と言った。「戦おうとしている」ってところがミソで、「戦っている」ではない。ベジータは「自分以外のもののために戦う自分」になることで、悟空に近づこうと思ったのかもしれない。

本当にブウを倒さないといけないと思っているなら、悟空の言うようにみんなで戦った方がいい。それをせずに一人で戦ったのは、みんなのためよりも自分のためを優先したからに他ならない。界王神も察していたように、一人で戦って死にたかったんだ。

悟空のやった「自分以外のもののために戦う自分」になろうとしたんだ。セルゲームで自分を犠牲にした悟空の後を追おうとしたんだ。7年前に置いてけぼりにされ、「オレはもう戦わん」と言ってからは自分のために戦うことはなかったのだろう。ずっと死に場所を求めていたのかもしれない。

 天下一武道会には、悟空が出ると言う前から出ると言っていた。悟飯と戦うことで、悟空との確執に決着をつけようとしたのだろうか。もし悟空が来ず、天下一武道会で悟飯にあっさり勝ってしまったら、どうなっていただろう。

チビブウと戦う悟空を見ているころには「守りたいものがあるからだと思っていた…(中略)たしかにそれもあるかもしれないが それは今のオレもおなじことだ」と言うように「自分以外のもののために戦う」ことが悟空を超えることではないことに気づいた。

悟空の強さを「ぜったいに負けないために限界を極め続け」るからと推定した。つまり「他」ありきの執着心では、ベジータは悟空を超えることができないのだ。悟空をナンバーワンと認めることで、その執着心を捨てることでベジータは悟空と同じステージに立った。もちろんベジータの推測なので、本当の悟空の強さの秘密とは限らない。